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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)472号 判決

控訴人 被告 島添マチヨ

訴訟代理人 菅野虎雄

被控訴人 原告 大交融資株式会社

代表者取締役 中村常太郎

訴訟代理人 木原鶴松

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、福岡地方裁判所柳川支部昭和三十年(ル)第六〇号債権差押命令による債権者佐藤マツヱのための債権差押が解除されることを条件として、金拾四万円及びこれに対する昭和二十八年十二月七日より完済まで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中被控訴人敗訴の部分を除きその余を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求めた。

被控訴代表者は適式の期日呼出を受けながら当審の口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出認否は控訴代理人において、被控訴会社は柳川市保加町に支店を有し、本件貸金は右支店の取扱に係るものであつて、同支店と控訴人の住所とは僅かに二町程度の近距離にある。そして控訴人の本件保証につき使用された印鑑証明書(甲第三号証)は昭和二十八年五月九日附であり、甲第一、二号証約束手形の作成された同年七月当時は既に二ケ月を経過しているので、貸金業を営む被控訴会社としては直接控訴人に対し保証に立つことの真偽を確かめるのが当然である。しかるに被控訴会社は何等その点についての責務を尽さなかつたものであるから、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当理由を有したものとはいわれない。仮に控訴人に保証責任があるとしても、被控訴人の控訴人に対する本訴請求債権は、昭和三十年十月十五日発せられた福岡地方裁判所柳川支部同年(ル)第六〇号債権差押命令により、被控訴人の債権者佐藤マツヱのため差押えられ該差押命令は同年十月二十三日債務者たる被控訴人に、同月十八日第三債務者たる控訴人にそれぞれ送達され、被控訴人は取立を、控訴人は支払を各禁止されたので、被控訴人の本訴請求は棄却さるべきものであると述べ、証拠として乙第二及び第三号証を提出した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所は原判決と同一理由により、控訴人は訴外島添治吉の被控訴人に対する本件債務につき連帯保証人としてその支払義務あるものと判断するので、右原判決理由を引用する。控訴人主張の如く控訴人の住所と被控訴会社支店とが近距離である等の事情があつたとしても、それがため特に被控訴人として直接控訴人につき保証の真偽を確かめるべき注意義務あるものとは解せられないから、その点に関する控訴人の主張は理由がない。

そこで控訴人主張の債権差押の関係について考察する。

いずれも真正に成立した公文書と認められる乙第二及び第三号証によれば、本件控訴提起後である昭和三十年十月十五日福岡地方裁判所柳川支部の発した債権差押命令(昭和三十年(ル)第六〇号)により被控訴人の控訴人に対する本訴請求債権は被控訴人の債権者である訴外佐藤マツヱのため差押えられ、該差押命令は控訴人主張日時に債務者たる被控訴人及び第三債務者たる控訴人にそれぞれ送達されたこと明かである。ところで右差押の目的となつた被控訴人の債権は保証人である控訴人に対する債権である。しかるに主債務者である訴外島添治吉に対する債権が差押えられたことについては控訴人の何等主張立証しないところである。保証人に対する債権は主債務者に対する債権と離れて独立に他に譲渡し得ないこと勿論であるから、かかる債権は独立して差押の目的となすに適しないものといわなければならない(差押を許すとしても、差押債務者は主債務者に対する債権を自由に処分し得べく、又差押債権者は爾後の換価手続として保証債権のみの取立命令又は転付命令を求め得ないこと明かであるから、殆んど実益がない)。故にその点において右差押命令は違法であるが、その違法は爾後においてでも主債務者に対する債権を差押えることによつて容易に解消し得られるものであるから、絶対的差押禁止の債権(例えば恩給権)の場合とは異り、差押自体を当然無効ならしめるものではなく、一応差押の効力を生じたものと解するのが相当である。

給付訴訟の係属中に訴訟の目的たる債権が差押えられた場合、その訴訟がいかになるかは困難な問題である。あるいは差押の効果として差押債務者(原告)は給付請求の機能を喪失し、爾後訴訟上もその請求を維持することは不可能となるから、該請求は排斥さるべきであるとの見解も一応なりたつであろう。しかしながら差押に続いて取立命令又は転付命令がなされるときは、もはや差押債務者は実体上も請求権を失うものであるから、訴訟上の請求も棄却さるべきは当然であるが、差押のみでは未だ実体上の権利を失うものでなく、その債権者たる地位には依然として変りはない。ただ差押によつて権利の現実の行使(取立その他の処分)を禁じられているに過ぎない。他面第三債務者も差押によつてその債権者に対する履行義務が消滅するものではなく、現実の弁済が禁じられているのみである。給付判決を得ることは未だ右にいわゆる権利の現実の行使にあたらないことは明かであり、従つて差押の効力と矛盾するものではない。故に差押によつて直ちに差押債務者が訴訟上の権能までも失うものとなす見解には賛同し難い。殊に差押を理由に請求棄却の判決をなすべきものとするときは、該判決は債権の存否については何等の既判力も生じないから、差押債権者は後日取立命令又は転付命令を得ても、更に第三債務者に対し新訴を提起して債権の存否についての争を繰返さなければならないこととなるが、それは給付訴訟中差押債権者が続いて取立命令又は転付命令を得た場合、いわゆる当事者参加により差押債務者の既存の訴訟を承継し、該訴訟で一挙に終局の目的を達し得られるのに対比し、甚だしく訴訟経済にも反することとなる。又差押債務者としても後日差押が解除されたときは当然訴訟上の権能も回復するわけであるが再び新訴を起して債権の存否についての争を繰返すという二重の手数を要することとなる。かようなことは、訴訟係属後における訴訟物の移転又は当事者能力、訴訟能力の喪失の場合でも、参加又は訴訟手続受継の方途を設けて、既存の訴訟をしてなるべく徒労に終らしめないように力めている現行民事訴訟法の理想に副うものではない。よつて差押は直ちに差押債務者の給付訴訟の権能を失わしめるものでないと解するのを相当とする。但し無条件に給付を命ずる判決をなすときは、該判決はそのまま執行力を生ずることとなり、差押債権者の権利を害する恐れがある。従つて、給付訴訟の目的たる債権が第三者によつて差押えられた場合には、差押債権者の権利を留保し、その差押が解除されることを条件として(差押債務者はその債務を弁済して差押を解除することが可能である)給付判決をなすべきものと解するを相当とする。

よつて被控訴人の本訴請求は、本件差押が解除されることの条件を附して、これを認容すべきであり、無条件の支払を命じた原判決はこれを変更すべきものとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 高次三吉 判事 岩永金次郎)

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